2024年3月28日木曜日

2024年スペイン旅行記(12ー1)バレンシア観光・午前中

 << 2月18日(日)>>

2/6(火)の羽田発トルコ航空深夜便でイスタンブールで乗り換え、バレンシアを経由して2/7(水)に電車でアリカンテに到着しました。アリカンテに6泊し、2/13(火)にバレンシアに移動しました。

今回の旅行の最終日になりました。明日は帰国の途につきます。

この日は地下鉄に乗って旧市街に出ました。バレンシアの地下鉄やバスは、Suicaのようなカードを買うと便利です。ただ、バスと地下鉄でチケットが違うのに表デザインが同じなのでややこしいです。カードの裏の右肩に書いてある番号で認識します。


自動券売機で購入しました。チケットの買い方を色々検索しておいたので、スムーズに買うことができました。モタモタしていると、「お手伝いしましょうか」と近寄ってきてチップを要求する輩がいるのです。



目的地の逆方向に乗ってしまったりして時間をロスしてしまいましたが、何とか街外れの【Quart Towers】に辿り着きました。地下鉄は駅を出た所の方角がわかりにくいのです。バスは景色を見ながら確認できますが、地下からいきなり路上に出ると迷います。





2/14に訪れた【セラノスの塔】ほど有名ではありませんが堂々としていて立派でした。城壁があった頃の名残です。上まで登れば景色が良いのですが、近所の【バレンシア民族博物館】に行く予定だったので先を急ぎました。

バレンシアの先史時代博物館と民俗学博物館がつながっていました。

入場は無料でした。年金受給者だからではなく、誰でも無料です。





とても広くて、膨大な数の展示でした。整然と並んでいて、感心しながら見学しました。



しかし、12:00にオルガン演奏を聴くことができるかもしれない教会に行きたかったので、全部は見ないで博物館を後にしました。ここの建物の出口が難しかったです。迷いながら15分ほど歩いて教会に到着しました。
【Esglesia de Sant Nicolau de Bari I Sant Pere Martir 】です。

今度は教会の入り口が見つからず、案内に書かれた場所が探せませんでした。

教会の周囲をぐるぐる回って、ようやく細い路地を入って行くことがわかりました。
そこに案内の人がいて「教会に入場する時間は午後1時半からです」と言われました。
結局オルガン演奏は無く、入場も1時間後でした。

個人旅行ではよくあることです。建物の入り口、出口がわからない、地下鉄の駅を出たところで迷う、目的場所の入場時間が変わっている、等々。
ツアーのようにガイドさんが案内してくれないので、あらかじめ自分で調べておかないと時間が無駄になります。最後の日は下調べが足りなくて散々でした。

疲れたので、近くで昼食にすることにしました。

続く。



2024年3月27日水曜日

2024年スペイン旅行記(11ー2)バレンシア観光・午後、夕食

 << 2月17日(土)>>

午前中はバレンシアの海岸方面に行き、ビーチを散策しました。そこから路面電車でバレンシア港の【お米博物館】を見学し、近所で昼食にしました。

それからバスに乗って【バレンシア芸術科学都市】方面に向かいました。


バレンシアはトゥリア川の河口に広がる町です。昔から度々洪水の被害があったそうです

『1957年10月14日のバレンシア大洪水では3,700 m³ / sもの水があふれ、バレンシア住民を混乱に陥れた。この出来事によりさらなる洪水を防ぐための事業が計画され、運河が建設された。バレンシア市の南に増水時期だけ放流される川床が建設され、本流は運河を通じてベガ・デ・バレンシア郡を流れることになった。バレンシア中心部にある古い川床は、トゥリア公園となって余暇・文化施設が整備された。公園内は文化複合施設芸術科学都市となっている。』(Wikipediaより)






オペラハウスや科学博物館、プラネタリウム、水族館などがあります。どれも奇抜な建物です。



広いので周囲を見学して歩くだけで時間がかかります。中に入って見学するのはやめました。水族館なんて入ったら、夜になってしまいますから。

オペラハウスの前のバス停・Les Arts から宿の方に向かうバスに乗って帰りました。

この日の夜は宿の近くのメスタージャスタジアムでバレンシア対セビージャのサッカー試合があります。試合開始は20時過ぎですが、16時ぐらいなのに既に道路に応援グッズを売る露店が出ていました。部屋へ帰る途中に近所のスーパーマーケットに寄ったら、たくさんの人が試合中に食べる物や飲み物を買いに来ていて混んでいました。

試合経過によってはサポーターが荒れるかもしれないと思い、早めに夕食を済ませて部屋にこもっていることにしました。

徒歩15分ぐらいの旧市街にあるアルゼンチン料理店を17時に予約してありました。
「JAMON DEL MEDIO」です。


南米のアルゼンチンもスペイン語圏です。
アルゼンチンの赤ワインや生ハムサラダ、ステーキを楽しみました。






帰り道にセビージャの選手を乗せた大型バスがスタジアムに入るところに出会しました。
バレンシアのサポーターがバスに向かって怒鳴っていました。警察の車もたくさん来ていました。宿の前の道路は車は通行止めでした。

宿に戻って窓の外を見ると、スタジアム周辺はしばらく大騒ぎでした。



それでも試合が終わると(0対0の引き分け)すぐに静かになりました。
24時には人通りもまばらでした。

続く。




2024年3月23日土曜日

2024年スペイン旅行記(11ー1)バレンシア観光・午前、昼食

  << 2月17日(土)>>

2/6(火)の羽田発トルコ航空深夜便でイスタンブールで乗り換え、バレンシアを経由して2/7(水)に電車でアリカンテに到着しました。アリカンテに6泊し、2/13(火)にバレンシアに移動しました。

バレンシア市街の気温は日本(関東地方)よりかなり暖かく、零下になりません。日中太陽が出ると暑いぐらいです。25℃ぐらいになっていると思います。

この日はバスに乗ってバレンシアの海岸方面に行きました。

朝ごはんを食べ、洗濯してから出発です。

宿のリビングルーム

宿の近所のバス停


バレンシアのビーチはアリカンテよりとても広く、砂の色は黄土色でした。

地中海です。
しばらくビーチを散策しました。




それから路面電車に乗って【お米の博物館 / Museu de l'Arros 】に向かいました。

バレンシアで路面電車に乗るのは初めてでした。バスは車内にチケットの読み取り機械があったので、路面電車もそうだと思っていたら、停留所の機械にタッチしなければいけなかったのです。それで、無賃乗車してしまいました。他に乗客が待っていなかったので、わかりませんでした。気をつけなければ!


バレンシアは古くから稲作が盛んで、様々な種類の稲が栽培されて来ました。その歴史が展示されています。入場料が1人2€だったので、10€札を出したところ「お釣りが無い」と言われました。財布の小銭をかき集めたのですが、2€ぐらいにしかなりませんでした。すると「どうぞ入って、これで良いから。」と言ってくれました。せっかく来たのでお言葉に甘えました。




様々な種類のお米が展示され、実際に触れます。

最初に英語のビデオで解説があります。






精米の機械の歴史が展示されています。


博物館の建物は古い倉庫で、バレンシア港の近くでした。

お米の博物館を出て、その近所で昼食にしました。道路の街路樹にはオレンジがたくさん成っています。でも美味しく無いようです。

【El Rey De CANAS】というカフェに入りました。



生搾りオレンジジュースがとても美味しかったです。その他、サラダやベーコンエッグ、パンを頼んでゆっくり休憩しました。

お店の前は広場になっていて、噴水と椰子の木と青空がきれいでした。

昼食後はまたバスに乗って【バレンシア芸術化学都市】と名付けられた地域に行くことにしました。
その前に、カフェで支払ったらお金が細かくなったので、お米博物館に戻って2€払って来ました。

続く。