2020年2月7日金曜日

2019年イタリア旅行(4−4)パルマの午後とボローニャの夜

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朝一番にボローニャから電車でパルマ に行き、午前中はピロッタ宮殿を観光しました。
パルマ の生ハムのランチの後、パルマ大聖堂周辺を観光し、サッカースタジアムにも行きました。スタジアムショップで買い物をしてからバスで旧市街に戻りました。

これはパルマ サッカー場の入り口の門です。Stadio Ennio Tardini です。

パルマ の市バスのチケット

 バスに乗って、刻印機にチケットを入れると日付と時間が印刷されます。15:35ですね。
10分ほどで旧市街の中心地に着きました。

帰りの電車までまだ時間があるので、もう一つ気になっている教会を見学することにしました。

路地を抜けて Basilica di Santa Maria della Steccataに向かいます。


私が見たかったのは、このピエタでした。



この教会の日本語の解説は少ないので、英語の解説をGoogle翻訳してみました。下調べせずに入ったので、後になってこの解説を読んで納得しています。

「この素晴らしいルネサンス教会は、元々は「デッロステッカト」と呼ばれる小さな礼拝堂の壁にかかっていた奇跡と言われるマドンナの写真に避難所を与えるために1521年に始まりました。シールド。
1539年に奉献された教会は、半円形の後陣と四角の礼拝堂を備えたギリシャの十字架の形をしたエレガントなブラマンテ様式で建てられています。ピラスター、窓、およびマリオンの上部には、ロジアとランタンのある大理石のドームがあり、1526年にパルマにやってきたアントニオダサンガッロの助けを借りて建設されました。入り口の左側の内部には、1829年から1831年にかけてロレンツォバルトリーニによって建てられた、オーストリアのマリールイーズの夫であるアダムナイッペルグ伯爵の墓があります。

教会で最も精巧な作品は、1530年から1539年にパルミジャーニーノによって描かれたプレスビテリーの上にあるアーチのフレスコサイクルです。それは、赤い背景に設定された動物と植物のモチーフの豊富で、賢明で愚かな処女のたとえを描いています。青色の背景に金色の装飾が施されたイントラドには、右にイブとアーロン、左にアダムとモーセの4つのモノクロの数字があります。別の注目すべき作品は、パルミジャーニーノによって未完成のままになりました。
18世紀の彫像で飾られた祭壇には、元の礼拝堂から撮影され、14世紀後半の無名の芸術家によって描かれた、聖母子のマドンナのフレスコ画が含まれています。強盗の背後には騎士の聖歌隊があり、その上にはアンドレア・スピネッリによるキリストの復活の小さな青銅があります。
左側のドアは、パルマのファルネーゼ公爵とブルボン公爵の墓を収容するために1823年にマリールイーズによって建てられた聖具室と埋葬礼拝堂に通じています。」

 豪華な主祭壇で、驚きます。



それから、町歩きをしてもう一か所 San Giovanni Evangelista に入ってみました。大聖堂の裏にあるルネッサンス様式の教会です。
夕陽に照らされて、綺麗です。







 大聖堂はもちろん凄かったですが、すぐそばにこのような立派な教会があるのも驚きです。



 コレッジョという有名な画家のフレスコ画だそうです。
 パイプオルガンも美しい!
美術館のようですね。

 でも観光客は居ません。貸し切り状態。贅沢です。

非日常の世界に浸ってしまいました。

電車の時間になったのでパルマ 駅まで歩き、ボローニャ行きの電車に乗りました。


ボローニャまでは約1時間です。今回もチケットのチェックはありませんでした。
ボローニャに着くとすっかり日が暮れていて、街のシンボルの斜塔が赤くライトアップされていました。クリスマスイルミネーションですね。

夕食はまたロベルトに行き、お気に入りの赤ワインを1本入れて美味しいお料理を楽しみました。

サルシッチャのパスタ。すごーく美味しい!赤ワインにピッタリ!

 ボローニャ風カツレツ。美味しいのだけれどボリュームがあって、食べきれませんでした。
 食後はレモンチェロ。


イタリアのクリスマス菓子「パネトーネ」 をサービスしてくれました。常連扱いかな?

しかし、よく歩いたので疲れました。

続く。




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